ポルトガルの写真

◆ ポルトガルの基礎知識 (2016.3.31新設)

ポルトガルの基本的な事項を確認しましょう。

● 国名 ポルトガル共和国(Portuguese Republic)
● 建国 1143年(1986年EU加盟)
● 通貨 ユーロ(€)
● 首都 リスボン(Lisboa)
● 面積 92,090㎞²(日本の約1/4)
● 人口 約10,637,000人(2011年)
● 公用語 ポルトガル語
● 宗教 キリスト教(カトリック約90%)
● 直行便 直行便は無いので、ヨーロッパ各国からの乗継で行く。
● 時差 日本ー9時間 (サマータイム制採用。3月末~10月末までは、日本―8時間)

◆ ポルトガルの写真 (2016.4.9更新)

2016年3月23日から3月25日まで、ポルトガルを旅行しました。その時の写真を掲載します。
今回は、実質リスボンのみの旅行でしたのでご紹介する所が少ないです。


★ リスボン

・アルファマ地区(Alfama)
市内で最も古い遺跡であるサン・ジョルジェ城が有る旧市街地区。テージョ川(RIO TEJO)から丘の高台まで古い白壁の家が密集して有ります。

・ベレン地区
リスボン中心地から西へ6kmに在るテージョ川沿いの地区。大航海時代多くの冒険家が世界へと旅立った場所で、ベレンの塔、発見のモニュメント、ジェロニモス修道院、国立馬車博物館等が在ります。


ベレンの塔

16世紀にマヌエル1世により、バスコ・ダ・ガマの世界1周を記念して作られたテージョ川の船の出入りを監視するための要塞(建築様式は、マヌエル様式)です。元々は川の中州に建てられたものが、リスボン大地震により川の片側が埋まり、今は川岸に立っています。
リスボン地震の概要は、次のようです。
1755年11月1日サン・ヴィセンテ岬の南南西200kmの地点を震源とするマグニチュウドM8.5~M9(東日本大震災と同規模)が発生し、55,000人~ 62,000人死亡(内即死2万人位)。また、地震から約40分後に発生した津波により、1万人が亡くなったとも言われています。当時のリスボンの人口は、約27万人と言われているので、4.5~5人に1人は亡くなったことになります。9万人死亡の説も有ります。津波とその後の火災で、リスボンの建物の85%位は消失したと言われています。

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発見のモニュメント

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ジェロニモス修道院 (Mosteiro dos Jerónimos)

世界遺産「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の構成資産の1つで、マヌエル様式の最高傑作と言われています。バスコ・ダ・ガマのインド航路開拓とエンリケ航海王子の偉業を称えて、1502年にマヌエル1世によって建築着工され、1511年大回廊等大部分が完成したが、その後マヌエル1世が亡くなり建築が遅延した。建設資金は、バスコ・ダ・ガマが持ち帰った香辛料の売却利益により賄われた。
ジェロニモス修道院は、また2007年12月13日に「リスボン条約の調印式」が行われた場所です。

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★ エボラ (Evora)

エボラは、世界遺産に登録されたアレンテージョ地方の中心都市で、古代ローマ時代の遺跡や城壁が残されています。ディアナ神殿、カテドラル、ロイオス教会、エボラ美術館が在ります。


★ シントラ (Sintra)

7~8世紀頃に築かれたムーア人の(山)城が、町の起源だとか。シントラの町は、リスボンから北西約30㎞に在り、昔から王侯貴族の夏の避暑地だったそうで、エデンの園と呼ばれていました。1147年アフォン・エンリケスによりポルトガルに併合されてから、宮殿や荘園(キンタquinta)が建設され、シントラの町は栄えたそうです。小さな町ですが、大変きれいな所です。

16世紀にポルトガルを訪れた天正遣欧使節がここシントラを訪問した事にちなみ、長崎県大村市とシントラ市は、姉妹都市の提携をしています。

ムーア人の城:

標高約450mの山頂にあるムーア人の城。7~8世紀頃に築城された城跡で、今回は王宮から眺めるだけ!まあ、バスでいけるらしいが時間の無く足が悪い者には無理だな。

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王宮:

ムーア人の残した建物に13世紀末ディニス王が王宮として整備したものに、更に14世紀初めにジョアン1世が増改築をした。その後も増改築が行われ、夏の離宮として完成したものです。外見の特徴は、大きな白い2本の厨房の煙突です。

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この奇妙な物は、王のひげをととのえるのに使われたものだそうです。右の王のベッドは、どう見ても小さいのですが、これは不測の事態に備え起き上がって寝ていたからなのだそうです。とても安眠には程遠いベッドです。

アラブの間に在る噴水。ムーア人たちは、この噴水を囲んで宴をしたとのことです。現代日本人には、なかなか分からないのですが、部屋に噴水=水が豊富に有るということは、実に贅沢な事の象徴なのです。

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シントラの町の風景:
町が小さく、道路が狭いので小さな車が走ります。警官も交通整理より「観光案内人の仕事」に熱心なようです。
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★ ロカ岬 (Cabo da Roca)

リスボンから西へ約20km、ユーラシア大陸最西端の地に在るロカ岬に行きました。ここを訪れると「ユーラシア大陸最西端到達証明書(町長名)」を、観光案内所で発行してくれます。5€と10€が有ります。訪問者名、日付を古典的な飾り文字で書いてロウ印を押した立派な証明書です。

ロカ岬には、詩人ルイス・デ・カモンイスの詩が刻まれた十字架の塔と18世紀建造の灯台が有ります。断崖から海を見るとカモンイスの詩の1節

ここに地果て、海始まる

と言う気分になります。

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